横浜薬科大学

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健康薬学科 埴岡伸光「化学物質の生体内運命:生理的・遺伝的・環境的要因による個人差」

「酵素」を軸に人体の解毒作用を研究

皆さんは、「酵素」を知っていますか? 「酵素」は主にたんぱく質で構成される物質で、人や動物の体の中にあって消化や吸収、代謝といった働きをコントロールしています。人体には約5000種類の酵素があるとされており、それぞれが一つの働きを担う、いわば“スペシャリスト”です。

たとえば、だ液に多く含まれる「アミラーゼ」は、でんぷんの分解を助けています。このほか、胃液の中にあって、たんぱく質を分解しているのは「プロテアーゼ」、胃液をはじめ膵液や腸液などの消化液中に広く存在し、脂肪を分解しているのは「リパーゼ」です。

そして酵素は、食品から摂取した栄養素だけでなく、薬や大気中の化学物質の代謝や吸収にも関わっているとされています。私はこの点に着目し、「体内に取り込まれた化学物質がどのように変化し、身体にどんな影響を与えるのか。影響の個人差はどうして生まれるのか」といったことについて研究をしています。

具体的には、試験管に目的の化学物質のほか、その化学物質の代謝に関わっていると思われる酵素と、胃や腸、肺などの組織を入れて、反応の時間変化を調べます。化学物質と酵素の組み合わせ、酵素の働きを助ける補酵素の量など、条件をさまざま変えて、クロマトグラフという装置を使って何度も実験を繰り返します。そうすることで、たとえば、「遺伝的にA酵素が少ない人は、この化学物質から悪い影響を受けやすい」「この薬は、腸に届く前に胃で分解されてしまう」といったことがわかってくるのです。

こうした研究のなかでも、とくに私が注目しているのが、肝臓に存在する「グルクロン酸転移酵素」です。水に溶けにくい化学物資(脂溶性物質)を水に溶けやすくする働きがあり、薬物や環境汚染物質の解毒に深く関わっているとされています。この酵素の研究が進めば、がん治療薬をはじめ、薬の副作用防止や軽減につながるかもしれません。人が医薬を上手に、そして安全に利用できるようにするために、今後もさまざまな化学物質の生体内変化と毒性の関連性を、分子レベルから解明していきたいと思います。

何もしないことこそが、失敗

私は子どもの頃、工学系の仕事に憧れていました。が、高校2年生のときに母が乳がんになったこともあって、薬学の道を選びました。いま振り返ると、本当に人に恵まれた研究者生活だったと思います。多くの先生や先輩から刺激を受けたことで、今の私があります。よくいろんな方から、「先生の研究室は、掃除が行き届いてキレイですね」とお褒めいただくのですが、これは大学院時代の先輩の影響です。「ゴミやホコリが実験に影響を与えかねない」ということで、整理整頓を徹底していた先輩を私も見習うようになりました。

これまで書いてきた論文は、150本を超えています。うち半分ほどは「グルクロン酸転移酵素」に関するものです。若い頃は年間10本ほど書いていましたが、いまは年間数本です。研究結果もなるべく英語で記録するようにしていて、日頃から論文にすることを意識しています。やはり研究成果は、誰もが目にできる形にすることに意義があります。定年退職の年齢が少しずつ近づいてきていますが、これまでの研究成果や考察をまとめた総説論文を書き上げることが目標です。私の論文を参考に、誰かが研究を発展させてくれれば、私も少しは化学の発展に貢献できたと胸を張れるのではないかと思っています。

化学の世界に「失敗」はありません。むしろ、失敗したと思った実験結果にこそ価値があり、実は真実だったということのほうが多い。ですから、若い研究者の方々は、嫌というほど失敗を繰り返してください。そのひとつひとつが糧になります。私もいまだ失敗ばかりです。でも、そのおかげで、まだまだ新しいことを学び続けられているという実感があります。「何もしないことが、失敗」です。失敗を恐れずに、常に前を見てチャレンジを続けてください。

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