研究紹介シリーズ 臨床薬学科 出雲信夫「卵巣摘出モデル動物のうつ様行動に対するラクトフェリンの効果」

母乳に含まれる「ラクトフェリン」の可能性を追求
マウスや細胞を用いた実験により、うつ病に対する「ラクトフェリン」の効果を研究しています。ラクトフェリンは、出産後、数日のうちに出る「初乳」に多く含まれる成分で、主に赤ちゃんの免疫機能を高める効果があることがわかっています。そして近年の研究では、脳への作用も明らかになってきました。
うつ病は、「まったくやる気が出ない……」「何をしても楽しくない……」というように、気分がずっと落ち込んで意欲や楽しさを感じられなくなってしまう病気です。その原因はまだはっきりとはわかっていませんが、「ノルアドレナリン」や「セロトニン」といった脳内の神経伝達物質の減少が関与していると考えられています。そのため現在の治療では、主にこれらの物質を増やす薬が用いられますが、効果が表れない患者さんも少なくありません。
そこで、私の研究をもとに「ラクトフェリン」系の新たな治療薬がつくられれば、治療法の選択肢が広がり、より多くの患者さんをうつ病から救えるはずです。また、最近の研究では、不安やイライラ、うつ症状などを引き起こす「更年期障害」にも、セロトニンやノルアドレナリンが関係していることがわかってきました。
更年期障害の根本の原因は、女性ホルモン「エストロゲン」の減少で、それが脳内物質の産生を低下させていると考えられています。しかし更年期障害は症状がじつに多様で、診断が難しく、まわりの人の理解を得られないケースも珍しくありません。私はサプリメントや食品でラクトフェリンを日常的に摂取することによって、更年期障害の症状を抑制することもできるのではないかと考えています。女性の活躍を応援するためにも、ラクトフェリンの効果を明らかにしていきたいと思います。
実験に必要なのは、日々の作業を淡々と繰り返す忍耐力
そもそも私が「うつとエストロゲン」の関係に着目したのは、卵巣を摘出したマウスの世話がきっかけでした。私はもともと女性が閉経後に発症しやすいとされる「骨粗しょう症」の研究をしており、卵巣を摘出してエストロゲンを欠乏させた実験用マウスを飼育していました。エストロゲンの欠乏は、骨密度を著しく低下させることがわかっています。
そしてある日、卵巣摘出マウスが通常のマウスに比べて動きが少ないことに気づきました。調べてみると、セロトニンが減少していることが判明。つまり、エストロゲンの減少がセロトニンの減少を招き、それがマウスの行動量低下につながっていたのです。
さらに以前、ラクトフェリンが骨に与える影響について研究していたことから、ラクトフェリンの効能に着目し、脳の中枢神経に与える影響について調べてみることに。実験の結果、ラクトフェリンを与えると、セロトニンの低下を防げることが明らかになりました。ラクトフェリンとエストロゲンは、子どもの脳の発達にも関与していることがわかっています。今後はその研究も進めていく予定です。
私の研究室では企業との共同研究も多く、これまで「パクチーの認知症予防効果」や「ハナビラタケの更年期症状の低減効果」も明らかにしてきました。そうした研究が新製品の開発に活かされるのです。華やかな一面もありますが、実験自体は地道な作業の繰り返しで、毎日、同じことを淡々と繰り返す忍耐力が必要です。マウスの飼育もあって、私は年間360日ほど研究室に来ています。大変に感じることもありますが、少しでも人々の健康に貢献したいという思いに支えられています。これからも未知の発見を楽しみながら、実験を頑張っていきます。