研究紹介シリーズ 健康薬学科/食化学研究室教授 曽根秀子「AI技術を活用した、動物実験に代わる新しい毒性評価システムを開発」

身の回りの化学物質がさまざまな病気の原因に
「幹細胞を用いた化学物質リスク情報共有コンソーシアム」の代表として、「ES(ヒト胚性幹)細胞とAI(人工知能)を活用した新しい化学物質の毒性を予測するシステム」を開発しています。
私たちは、日常生活を送るなかで、さまざまな化学物資に触れています。日々、新たな化学物質が生み出され、医薬品や工業製品をはじめ、日用品や食品の製造にも用いられているのです。しかし、そうした身の回りの化学物質が、人体に悪影響を与えているのではないかという指摘があります。たとえば、年々増え続けている、子どもの発達障害やアトピー性皮膚炎、高齢者の認知症やがんも、化学物質の影響が有力視されているのです。
もちろん、新たにつくられた化学物質は、人の健康や地球環境に害を与えないか、入念な検査・テストを経て世の中に出回ります。が、そうしたチェックをすり抜けて、重大な結果を招いてしまうケースもあります。たとえば、1956年に発生した水俣病。工場から排出されたメチル水銀が海へと流れ込み、魚介類を介して人間が摂取したことで、成人では四肢のしびれ、胎児では小頭症など重篤な症状を引き起こしました。実はこのメチル水銀は、自然界にもともと存在するもので、当時はその毒性があまり注目されていませんでした。そのうえ、動物実験でもその毒性を予測できなかったのです。
動物実験による毒性検査は精度が不十分
というのも、メチル水銀は哺乳類の間でも毒性の種差が大きく、とくに動物実験で一般に用いられるマウスにおいては、毒性が人間よりも現れにくいのです。逆から言えば、人間の細胞はマウスの細胞よりもメチル水銀に敏感であり、とりわけ脳細胞がダメージを受けやすく、遺伝子発現に問題が生じやすいのです。その事実を以前勤めていた国立環境研究所で発見しました。
つまり、動物と人間では化学物質から受ける影響に差があるのだから、動物実験ではなく、人間の細胞を使って毒性をテストしたほうが、より正確性が増すと考えたわけです。それがいまの研究の出発点です。
コンソーシアムの研究では、まず成人への有害性が知られている代表的な24の化学物質を、「神経系」「心臓」「肝臓」「腎臓」「発がん性」「胎児発育」の6つの毒性カテゴリーに分類。そして、この24の有害物質をES細胞に添加し、遺伝子発現の変化を観察してAIモデルに学習させました。それにより、非常に高い精度で毒性の有無を判定できるシステムを構築することができました。さらに、このES細胞の学習モデルをiPS細胞に転用したところ(転移学習)、iPS細胞でも高い予測精度を維持できることがわかりました。
このシステムを「StemPanTox(ステムパントックス)」と名づけ、現在、商用化をめざしているところです。実現すれば、一度の検査で7種類の毒性の同時評価が可能になり、従来の毒性評価法と比較して、大幅なコスト削減と期間短縮が期待できます。製薬、科学、食品、化粧品……など幅広い産業分野での利用が期待され、研究開発のスピードアップに貢献するはずです。
将来的には個人のiPS細胞を使うことで、その人特有の化学物質に対する毒性リスクの検査も可能になると思います。化学物質の影響による健康被害をなくすために、さらに研究開発に邁進していきます。